こんにちは、ホロンです。
本日、37歳の誕生日を迎えました✨
祝ってもらえた
誕生日ということで今日はゆっくりと過ごさせていただきました。
弟たちとのラインでも祝ってもらいました🎉🎉
そして夕ご飯のときに妹からはハヤシライスとケーキを、弟からはワインをそれぞれもらいました。
お酒を飲むのは正月以来ですが、たまになら良いものですね🍷
X(旧Twitter)のほうでも何人かの方に祝っていただきました。
この歳になっても祝ってもらえるというのはありがたいですね。
さすがに30後半にもなると
「誕生日が来てめちゃくちゃ嬉しい!!」
ってイベントでもなくなってきますが、やはり普段とは違う日だと意識します。
シニアYouTuberの人たち
また今年も無事に1つ歳を重ねることができました。
ただ、暦年齢はあくまでただの数字だということを忘れてはいけません。
歳を重ねたら、
「もう◯歳だから今更何をやってもな…」
と思う人が(昔の僕を含めて)多いですが、そんなことは関係ありません。
何歳になろうと「やってみたい」と思ったそのときが始めるタイミングです。
例えば、水彩画家の柴崎春通(しばさきはるみち)さんは70歳になってからYouTubeを始められました。
Watercolor by Shibasakiというチャンネルで、現在でもいろんな画材を使って絵を描く様子をアップされています。
また、ゲーム配信をされているおばあちゃんYouTuberのGamer Grandmaという方も90歳を超えてなおYouTubeを更新されています。
現在では柴崎さんはチャンネル登録者数170万人超え、Gamer Grandmaさんは50万人超えのとてつもない人気を博するほどのチャンネルになりました。
他にもいろんなシニアYouTuberの方がいらっしゃいます。
YouTubeに限らず、X(旧Twitter)でもインスタでもラジオでも、いろんな媒体でシニアの方々が活躍されている例はいくらでも見つかります。
彼らからしたらパソコンやゲーム、インターネットなんて異次元の存在でしかなかったはずです。
しかしなにかのきっかけで「やってみたい!」と思って始められ、続けていくうちに応援してくれる人も増えていったのです。
こういう例を見ていると、年齢なんてただの数字に過ぎず、やりたいことをやらない理由にはならないというのがよくわかりますね。
調子が悪いときもそのまま残せば良い
そんな僕も去年の今頃はちょうどメンタルをやられていたのかブログを停止していた時期で、どうやら記事は書いていなかったようです。
たとえメンタルがやられていようとも、その時の自分にしか書けない文章があるのだから、拙くてもいいから残しておけばよかったなとちょっぴり後悔しています。
子供の頃の自分と今の自分はもはや別人と言っていいほど違いますし、メンタルがやられている自分とメンタル最高潮の自分も違います。
同じ作品を見ていても、その時々で感じることは違います。
もしかしたら去年の頃の自分よりはるかに成長していると実感できたかもしれませんし、逆に初心を思い出すキッカケになったかもしれません。
比べるのはあくまで過去の自分。
しかし、過去の未熟な自分も自分自身なのですから、否定する必要なんてないのです。
そして、最初から完璧な様子を見せる必要もありません。
むしろ、これからはAIなどがどんどん進化していってクオリティという面ではそう簡単に追い抜くことはできなくなっていきます。
だからこそ、”人間にしかできない成長していく過程を見せていくこと”にこそ真の意味があると感じています。
ただし、成長している様子はやはり途中経過を残しておかないとわかりません。
どんなに拙かろうが、数行しか書けなかろうが、とにかく残すことが大事だなと感じています。
レビューも書いていきたいね
そうそう、僕は前々から
「アニメとか本とか映画とか見たものの感想を書きたいな」
と言っていました。
しかし、そう思いつつも書けない日々が続いています。
何回も今度こそ書きます!と宣言しても書けない日々です。
なぜだろうかと考えてみましたが、やはり自分の拙いレビューを見られることが怖いのでしょうね。
どうしても
「自分のレビューのせいで作品の品位を落としてしまうのではないか」
と思ってしまうようです。
うーむ、まだまだ自意識過剰が抜けきれていませんね。
僕の好きな作品たちが僕の拙いレビューのせいで揺らいでしまうほどのやわな作品群なわけがありません。
そして、レビューは書いてみないと書けるようにはなりません。
だから、本当に一言だけだったとしても書くことそのものが大切なんですよね。
良い作品は広まっていって欲しいですし、広まらないことで打ち切りになってしまうことのほうがはるかにもったいないことです。
さて、何回目の宣言だか忘れてしまいましたが、今度から作品を見たらたとえ一言だけだったとしてもレビューを書いてみることにします。
もちろんレビューも最初からいきなり長文で書けるわけではないでしょう。
それならハードルを下げて、例えば本なら1冊まるまる読んでからレビューを書こうとするのではなく、
「今日は2章まで読んだからここまで読んだ感想を書こう」
とか、そういう気楽な感じで発信するのもいいかなって考えています。
また、僕は今までブログを書いてもX(旧Twitter)で報告することはありませんでした。
なんとなくフォロワーの人たちに見られるのは恥ずかしいという感情が拭えなかったのですよね。
しかし、今日はせっかくの誕生日。
これは「新しい自分を誕生させる日だ」と見ることもできます。
というわけで、
- ブログを更新したらX(旧Twitter)に投稿する
- なにか作品を見たら一言だけでいいので感想を書く
この2つを新しく追加しようと思います。
ジャンルは雑多でもいい
本当は発信するときにはジャンルを統一させたほうがいいと聞きます。
しかし、僕はこの言葉に囚われすぎていて、
「ジャンルが統一できてないなら発信するべきではない」
と考えて発信できなくなってしまっていました。
確かに、ジャンルが統一できてないブログはアクセスがそんなに集まらないのかもしれません。
ただ、ブログを始めた当初の目的を思い出すと、副収入を得ることはもちろんですが、
「自分の意見をアウトプットできるようになる」
ことが一番の目標だったはずです。
それなのに、
- 〇〇のジャンルはダメ
- △△のジャンルならいい
と分離させてしまうのはなんとなく違うように思うようになりました。
このやり方ではもしかしたら結果は出ないのかもしれません。
しかし、
「〜しないといけない」
と自分で縛りを強くする必要はないかなって感じています。
その時感じたことを大切にしていきます。
それが連なって物語になっていくわけですからね。
というわけで今日はここまで。
最後までお読みくださり、ありがとうございました❗