こんにちは、ホロンです。
僕は今までは、このブログを書いたあとに自分のやりたいことをやっていました。
宿題を終わらせてから遊ぶ的なイメージですね。
ですが、これは言い換えれば、
「自分にとってブログをやるのは宿題のようなもの」
という意識を持ってしまっているということ。
これでは、なかなか誰かの心に響くような文章は書けないのではないかなと思うようになりました。
ではどうすれば良いのか?
スピリチュアルではよく、直感を大事にしようと言われます。
しかし、僕にはこの直感というものがどういうものなのかあまり理解できていませんでした。
なんかヒントがないかなぁと思ってたまたま超常戦士ケルマデックさんの「時空の超え方」という本を読んでいると、そこにこう書いてありました。
(前略)ブッダは、サンスクリット語の「目覚める」を意味する「ブドゥ」の過去形です。ブッダの名称は、中国に伝えられたとき「浮屠(ふと)」「浮図(ふと)」と発音されたのです。日常生活でも、「ふと、思いついた」なんてことがありますね。根拠も脈絡もないことが多いですが、実はこれが「直感」なのですよ。これに従って動けば良いのです。
引用:「時空の超え方」 超常戦士ケルマデック P.154〜155
目覚めるためにはふと思いついたことを大事にしていくこと。しかもそれは根拠も脈絡もなくていい。
そういう意味だと捉えました。
そして、この一文を読んで肩の力が抜けたような感じになりました。
「今の人は何かをしなければと思いすぎる」
という言葉にもつながる考えです。
思い返せば、僕も義務感からではなく、なんの気無しにふと何かをしたいって思うことはよくあります。
しかし、僕は今までふと思いついたことを
- 「いや、これは本当にやっていいことなのか?」
- 「神様からの啓示と思わせて実は悪霊が唆しているんじゃないか?」
とか色々と勘ぐってしまって結局取り掛からないということが多かったです。
やっぱり僕は
「〇〇をしなければならない」
という思考に陥りがちです。
これも僕の真面目さが悪い方向で出た形ですね。
そうやっていちいち考えていても仕方ない。
いえ、むしろ、いちいち考えるからこそドツボにハマってしまうのかもしれません。
直感とは根拠も脈絡もないもの。
それならば、いちいちその意味を考えるのではなく、やってみたいと思ったその気持ちを大事にして行動に移していく。
それが直感を大切にするということなのでしょう。
そういえば、「悪」という文字は「亜」の「心」と書きます。
「亜」とは亜種とか亜空間などの言葉で使われるように、
「上位や主たるものに次ぐ。準じる。二番目」
という意味があります。
つまり、
「2番目に出てきた心と書いて悪」
なのです。
最初にふと思ったことが直感で、その後にあれこれ考えたことは悪の思考ということ。
つまり、ふと思ったことに対して、色々考えてやったとしても、それは2番目である「悪の思考」でやったことであり、だいたいろくな結果にならないということができるでしょう。
ふとやってみたいと思ったことを行動に移すということをやっていくことにします。
こうしてみると、漢字って本当によく出来ていますねぇ。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。