こんにちは、ホロンです。
僕らはつい、「思い通りに行ったら良いのにな」と思ってしまいます。
パートナーや子どもが思ったとおりに動いてくれたら。
愚痴ばかり言わずに周りを活かすようなことを言ってくれたら。
早いとこ結果が出てくれたら。
そんなふうに「思い通りに行くことこそが良いことだ」と勘違いしてしまいがちです。
しかし、思い通りに行くことの本質とは、実は「退屈」なのです。
どういうことか?
例えば、スーパーマリオをご存知でしょうか?
あの横スクロールのゲームでは、クリボーなどの敵を倒したり、アイテムを手に入れたりしながらボスを倒して次のステージへ進んでいきます。
適度な難易度のゲームだからこそ、クリアしたときの達成感もあります。
中には、
「このステージ難しすぎるだろ!ボスも強すぎる!」
と思ってしまうようなステージも存在します。
ですが、何回もプレイすることでパターンを掴んでクリアすることができるのです。
さて、ではこのマリオのゲームが、
- 敵が一切出てこない
- 落とし穴などのトラップもなく、ひたすら一本道
- アイテムだけはたっぷり手に入る
- 30分進み続けるだけでクリアできる
というゲームだったらどうでしょう?
どんなにアイテムが手に入ったとしても、こんなゲーム絶対につまんないですよね。
現実世界で例えるなら、
- 反対意見を言う人もいない
- 練習しなくてもプロ並みの結果が出せる
- 働かなくてもお金がいくらでも入ってくる
- どんなコンテンツを作っても万人に受け入れられる
という感じでしょうか?
一見理想的な状態に見えますが、恐らくこの状態がずっと続いたら、きっと退屈し、精神的にも参ってしまうと思います。
他にも、サッカーを例にしてみましょう。
サッカーは「手を使ってはいけない」というルールがあるから面白いのです。
もしサッカーのルールをすべて改定して、手を使ってもいいし、ボールはいくらでも使っていいし、人数も無制限…となったら、それはもはやサッカーではありません。
ルールという縛りがあるからこそ、創意工夫が生まれ、そのプレイに人は魅了されるのです。
これらの例からも、
「何でも思い通りに進むことが必ずしも良いとは限らない」
ということがわかると思います。
人間は不自由を嫌い、自由を求めるものですが、完全な自由はむしろ不自由を生んでしまうのです。
そんな縛りも何も無い状態で何をするにも自由と言われても、時間を持て余すだけでしょう。
ある程度の難易度やルールがあるからこそ、面白いのですよ。
「神は乗り越えられない試練は与えない」という言葉があります。
つまり、今自分が直面している問題は、乗り越えられるものであるということです。
世の中、なかなか思い通りにいかないことも多いですが、その状況すらも楽しんでしまいましょう。
そうすれば、必ず活路が見出されるものだと僕は信じています。
思い通りにいかないからこそ、そこに成長のヒントがあるのかもしれませんね。
それでは、今日はこのへんで。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。